
オーダーカーテンのこんな内容
自分たちのマンションでは果たして余剰の住戸をどれくらい生み出せるのか、この点にめどを立てておくことが建替えの実現性の決め手となるのです。
その判断はマンションの立地や現況のデータをもとに客観的に評価することが必要です。
建替えの本格的な検討に入るに当たっては、自分たちのマンションのポテンシャルをつかんでおくことが事業の成立性を考える上で大切です。
合意形成建替えの計画案が決まり、それを実現するための資金調達の方法が定まると、いよいよこの計画内容で建替えを行うのか、それとも修繕で対応するのかを、管理組合として決定することになります。
今あるマンションの敷地と建物の躯体部分を共有している区分所有者たちの集団(管理組合)が、自分たちの共有財産であるマンションをどのように再生させるのか、まさに運命共同体としての針路を決めるのです。
話し合いや説明会を行いながら、個々の計画案や建替えの必要性について、区分所有者の理解を深めながら集団としての意思をまとめていくのです。
これが、建替えの合意形成です。
そして、この合意形成は、最終的には区分所有法に定められている「建替え決議」という形で実現されるのです。
合意形成の過程合意形成をいかに行うか、は建替え事業にとってもっとも重要なテーマです。
どんなに素晴らしい建替えマンションの設計図ができても、それに向かって区分所有者の意思がひとつにまとまらなければ、意味はありません。
マンション建替えの合意形成がどのように行われるものなのか、よりわかりやすいように、具体的な事例を通してお話ししましょう。
総戸数は368戸、鉄筋コンクリート造5階建て8棟からなる階段室型の共同住宅です。
萩中住宅のある萩中は、多くの中小町工場が集積することで知られた東京都大田区の南部に位置し、下町的な活気にあふれた町です。
初年代以降の産業構造の変化で、中小工場は次々にマンションに代わり、風景は大きく変化したものの、下町的な人情と活気は今でも商店街や町の隅々に残っています。
萩中住宅の最寄り駅は京浜急行空港線の椛谷駅。
品川駅から約日分、団地まではにぎやかな商庖街を歩いて5分と利便性に優れた立地です。
バブルの洗礼萩中住宅で将来の建替えを視野に入れた勉強会が始まったのは、2回目の大規模修繕が実施される前後の1993年でした。
バブルがはじけて間もない時期でしたが、「自己負担もなく、今より広い住戸が取得できる」という提案が、ゼネコンやデベロッパーから寄せられていたそうです。
ところが、ほどなく回復するはずであった景気はますます低迷し、負担なしでの建替えが一時の幻想であったことが明らかになります。
しかし、その時期、建替えを検討していた多くの団地やマンションで企業頼みの建替え事業計画がまさに泡のように消滅する中で、萩中住宅では建替えの検討が確実に生き続けました。
そして、それまでの教訓から企業任せではなく、住民本意の建替えを行う方針のもとで、計画の立案と合意形成の支援ができる中立的なコンサルタントを選ぼうということになりました。
貯年に再開発事業での経験や若いスタッフの情熱が買われて、私が所属する会社(側シテイコンサルタンツ)が選ばれました。
円滑化法も組合施行もかたちのなかった当時、デベロッパーやゼネコンに頼らずに、組合中心で事業を進めていこうという選択をしたリーダーには優れた先見性があったと思います。
私の会社は、法定再開発事業でのコンサルティングが業務の中核となっています。
都市再開発事業では、計画案そのものよりも、むしろ事業の母体となる組織づくりやその運営、多数の権利者聞の合意形成、関係者聞の調整力などの幅広いマネージメント力が事業成功の重要な鍵を握ります。
そのような仕事を生業としてきた会社としてのDNAが、住民本意で事業を行おうと考えた萩中住宅の管理組合の思いと出会い、後に都市再開発法を母体として制定されることになる「建替え円滑化法」の仕組みとうまく融合したのかもしれません。
多数の人たちの聞で合意をつくり上げる上で、みんなが「できる」と信じる状況をつくり上げ、目標に向かうモチベーシヨンを高めることは、計画の早期段階において最も重要なことだと思います。
当社がコンサルタントに選ばれた当時は、大きな団地の建替えが成功した例はほとんどありませんでした。
その頃、区分所有者にとって、建替えはまだ現実性のない、遠い世界の話であったと思います。
そのような状況の中で、「建替えが必要であること」(必要性)、「建替えが可能であること」(可能性)を多くの区分所有者が理解し、関心をもって動き出す状況をつくり出すことをまず目標に掲げて、管理組合とコンサルタントは動き出したのです。
計画案に関しては「たたき台」となる複数の案の検討から始まり、区分所有者へのアンケートを通して個々の要望を聞き出し、それを分析し、計画案に反映させ、説明会を聞きます。
そこで出た意見をもとにまたアンケートを行い、計画案を出し、という過程を何度も繰り返しました。
その結果、総合設計制度の利用を前提とした容積の割増と補助制度を活用することで、現状と同規模(必ぱ)程度の住戸であれば追加負担なしに取得できる住戸を設けることが可能になりました。
これによって、年金生活をする高齢者も事業に参加できる案がようやくできあがったのです。
2001年1月に、この案を基本に建替え推進決議を行いました。
コンサルタントの話を真剣に受け止め、慣れない作業や説得を地道に続けた委員の努力の結果、賛成部%を得ることができました。
そして、この数字以上に委員会とメンバーが「やればできる」という強い自信を得たことは、組織としてのその後の大きな財産となりました。
これを機に、多くの区分所有者が「もしかしたら建替えも夢ではない」と思い始めたのだと思います。
事業は大きく動き出しました。
推進決議の結果を受け、春から夏にかけて不動産会社、建設会社など50杜以上を訪問し、事業への参加・協力を要請しました。
しかし、当時は不良債権問題で銀行の信用不安が報道され、大手企業が次々に倒産、地価は下落するなど非常に厳しい経済環境にあり、多くの会社の反応は冷たいものでした。
建替えに関心はあっても、当時は合意形成の困難さ、反対者による訴訟提起の危険など、建替えの実現には山のように問題があり、建替えは非常にリスクの高い事業であるというのが社会的な共通認識でした。
「デベロッパーが見つからなければ自力で保留床を処分してでも建替えはやろう」と覚悟を決めた頃、ようやく3杜がデベロッパーとして名乗りをあげました。
らくレゼンテーションを経て、有楽土地側と長谷工コーポレーシヨンのグループがデベロッパー・事業協力者として選定されたのは秋でした。
ところが、この選定結果に不満をもった人たちが組織的な反対運動を起こし、翌年の建替え決議まで団地内は2派に割れてしまいます。
もともと高齢の女性を中心に建替えに消極的な方々が少なくありませんでした。
そのような中、一部の建設会社、不動産会社の株価が額面を大きく割り込んでいました。
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